硬質塩化ビニル管をつなぐ接着剤1本にも、安全データシート(SDS)が付く。積水化学工業のエスロン接着剤No.75Sの安全データシート(2025年4月1日発行)は、労働安全衛生法57条の2の通知対象物としてシクロヘキサノン、メチルエチルケトン、アセトン、すず化合物の4つを挙げ、ラベル表示(安衛令18条)の対象はそのうち前の3つと書き分けている。すず化合物が表示から外れるのは、令18条1号がすずを含む金属について「粉状のものに限る」と括弧で切っているためで、液体に溶けた形では表示の対象にならない。
義務を負うのは、その1本を売った側になる。ラベル表示もSDSの交付も、名宛人は「譲渡し、又は提供する者」だ。製造メーカーだけの話ではない(法57条1項、57条の2第1項)。商社が工務店に納めれば、そこでもう一度義務が生じる。
2026年4月に広がった対象と、在庫に効く猶予
対象物質の決め方は2025年4月1日に変わった。物質名を1つずつ政令で挙げる方式に加えて、国のGHS分類で危険性か有害性があると区分された物質を省令でまとめて拾う枠が入っている(令18条2号、18条の2第2号)。そのうち有害性の区分が相対的に低い物質は1年遅れで対象に入り、2026年4月1日から義務がかかった。
在庫の扱いが表示と通知で違う。
| 対象になる物 | ラベル表示(法57条1項) | SDSの交付(法57条の2) |
|---|---|---|
| 2025年3月31日以前から対象だった物 | 適用済み | 適用済み |
| 2025年4月1日に加わった高有害性区分物質のうち、同日に現に存したもの | 2026年4月1日から | 2025年4月1日から |
| 有害性の区分が相対的に低い追加物質 | 2026年4月1日から。2026年4月1日に現に存する物は2027年4月1日から | 2026年4月1日から |
根拠は労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令(令和5年政令第265号)の附則2条と3条。表示には「現に存するもの」への猶予が二段で置かれているのに対し、通知の猶予は2026年3月31日で切れており、在庫分の追加猶予がない。倉庫に積んである缶のラベルが古いままでも2027年3月末までは表示義務の対象外だが、その缶を出荷するときのSDSは今年4月から必要になる。
対象になるかどうかの調べ方
対象は3系統に分かれる。安衛令別表第9に挙がる33の物質群(アルミニウム、クロム、鉛、ニッケル、すずなど、金属とその化合物が中心)、安衛則別表第2に挙がる2,276物質、そしてこれらを含む製剤その他の物のうち含有量が厚生労働大臣の定める基準以上のもの(令18条3号、18条の2第3号)。基準となる濃度は物質ごとに違うため、製品名ではなく成分のCAS登録番号で照合する。物質名とCAS登録番号、濃度をまとめた一覧は厚生労働省の職場のあんぜんサイトにある。
安衛則別表第2には、トルエン(1437番)、キシレン(426番)、テトラヒドロフラン(1278番)、酢酸エチル(595番)、酢酸ビニル(602番)、トリレンジイソシアネート(1435番)、エポキシ樹脂にあたる4,4’-イソプロピリデンジフェノールと1-クロロ-2,3-エポキシプロパンの重縮合物(169番、液状のものに限る)、結晶質シリカ(578番)が並ぶ。先のエスロン接着剤No.75Sでいえば、シクロヘキサノン、メチルエチルケトン、アセトン、すず化合物の4つが通知対象物にあたる。
商社が交付するときの決まり
交付の期限は「譲渡し、又は提供する時まで」で、継続的または反復して納める相手にすでに交付済みなら都度の交付は要らない(則34条の2の5第1項)。渡し方は紙に限らず、記録媒体の交付、ファクシミリ、電子メールのほか、SDSを載せたページのアドレスや二次元コードを伝えて閲覧を求める方法でもよい(則34条の2の3)。
記載する事項は、名称、成分及びその含有量、物理的及び化学的性質、人体に及ぼす作用、貯蔵又は取扱い上の注意、流出その他の事故が発生した場合に講ずべき応急の措置の6つ(法57条の2第1項1号から6号)に、通知を行う者の氏名と住所と電話番号、危険性又は有害性の要約、安定性及び反応性、想定される用途と使用上の注意、適用される法令、その他参考となる事項の6つが加わる(則34条の2の4)。
成分の含有量は物質ごとの重量パーセントで通知する(則34条の2の6第1項)。配合を数字で出すと取引上の不利益が出る場合には、その旨を明らかにしたうえで10パーセント未満の端数を切り捨てた数値と切り上げた数値の範囲で通知できるが、相手方がリスクアセスメントのために求めたときは、秘密保持を条件に詳細を通知しなければならない(同条2項)。
「人体に及ぼす作用」は直近の確認から5年以内ごとに1回、最新の科学的知見に基づいて見直す(則34条の2の5第2項)。変更が必要と判断したら確認の日から1年以内に変更し、変更後の内容を適切な時期に納入先へ通知する(同条3項)。
2026年4月から通る代替化学名
同じ2026年4月1日から、営業秘密にあたる成分を伏せて通知する道が開いた。労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律(令和7年法律第33号、2025年5月14日公布)による改正で、成分の情報が秘密として管理され公然と知られていないものであれば、化学名の構造や構成要素を表す文字の一部を省略または置き換えた代替化学名等を定め、それを通知することで足りる(法57条の2第3項)。相手方には代替化学名等を使う旨をあらかじめ明示する。対象にできる成分は、リスクアセスメントとその結果に基づく措置の実施に支障を生じないものとして厚生労働大臣が定めるものに限られる(則34条の2の6の2)。
代替化学名等で通知した者は、通知した成分、通知した代替化学名等、製品の名称、製品に含有されている全成分の名称と含有量を記録し、5年間保存する(則34条の2の6の4第1項)。保存期間中に廃業するときは、記録を所轄労働基準監督署長に引き渡す(同条2項)。この記録義務に違反すると50万円以下の罰金(法120条1号)。医師から診断や治療のために成分の開示を求められたときは直ちに開示し、産業医の健康管理のためなら秘密保全を前提に速やかに開示する(則34条の2の6の6)。
代替化学名等が来たSDSでも、受け取った側の義務は軽くならない。仕入れた商社が転売するときは、代替化学名等を通知された旨を相手方に明示したうえで、同じ代替化学名等を通知する(法57条の2第6項)。
なお、SDSの内容に変更が生じたときの通知は、現時点では努力義務のまま(法57条の2第2項)。これを義務に改める規定と対応する罰則の追加も令和7年法律第33号に入っているが、施行日は公布から5年を超えない範囲内で政令が定める日とされ、まだ施行されていない。
事業場ごとに要る2つの選任
化学物質管理者は、リスクアセスメント対象物を製造し、又は取り扱う事業場ごとに選任する(則12条の5第1項)。見落としやすいのは2項で、譲渡又は提供を行うだけの事業場にも選任義務がある。ラベル表示、文書の交付、SDSの通知と、それらに関する労働者教育を管理させる。営業所や物流拠点を分けている商社は、拠点ごとに誰が担うかを決めることになる。
選任は事由が発生した日から14日以内。リスクアセスメント対象物を製造している事業場では厚生労働大臣が定める講習を修了した者かこれと同等以上の能力があると認められる者から、それ以外の事業場では担当に必要な能力があると認められる者からも選べる(同条3項)。選任したら氏名を事業場の見やすい箇所に掲示するなどして関係労働者に周知する(同条5項)。
保護具着用管理責任者は、リスクアセスメントの結果に基づく措置として労働者に保護具を使わせるときに選任する。こちらも14日以内で、保護具の選択、使用、保守管理を管理させ、氏名を掲示する(則12条の6)。
現場で表示・掲示するもの
| 掲示・表示するもの | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 小分けした容器への明示 | 令18条各号の物を容器に入れ、又は包装して保管するとき、名称と人体に及ぼす作用を、容器への表示や文書の交付などの方法で取り扱う者に明示する | 則33条の2 |
| リスクアセスメントの結果 | 物の名称、業務の内容、結果、講ずる措置の内容を、各作業場の見やすい場所への常時掲示か備え付け、書面の交付、常時確認できる機器の設置のいずれかで周知。記録は次の調査まで(3年以内に再実施したときは3年間)保存 | 則34条の2の8 |
| ばく露低減措置の状況 | 講じた措置の状況と関係労働者からの意見聴取の状況を1年を超えない期間ごとに記録し、3年間保存して同じ3方法のいずれかで周知 | 則577条の2第11項、12項 |
| 有機溶剤等の区分 | 屋内作業場等で有機溶剤業務をさせるとき、第1種は赤、第2種は黄、第3種は青の色分けと、色分け以外の方法を併せて見やすい場所に表示 | 有機則25条 |
| 有機溶剤の掲示 | 生ずるおそれのある疾病の種類と症状、取扱い上の注意事項、中毒が発生したときの応急処置、呼吸用保護具を使うべき場所ではその旨と使うべき保護具を掲示 | 有機則24条 |
有機溶剤の区分は含有量で決まる。有機溶剤を重量の5パーセントを超えて含む混合物が有機溶剤含有物になり、第1種か第2種の物を5パーセント超で含めばその区分の有機溶剤等として扱う(有機則1条1項)。先のエスロン接着剤No.75Sは、シクロヘキサノン、メチルエチルケトン、アセトンについて第2種有機溶剤等と自ら書いている。色分けは黄になる。
手袋は材質と厚さで決まる
皮膚若しくは眼に障害を与えるおそれ、または皮膚から吸収され健康障害を生ずるおそれがあることが明らかな物として厚生労働大臣が定めるもの(皮膚等障害化学物質等)を扱う業務では、不浸透性の保護衣、保護手袋、履物、保護眼鏡などの使用が義務になっている(則594条の2第1項)。他の規定で保護具の使用が義務づけられている業務と、密閉して製造し、又は取り扱う業務は対象から外れる。請負人にも使用の必要がある旨を周知する(同条2項)。おそれがないと明らかな物を除くそれ以外の化学物質では、同じ保護具の使用が努力義務(則594条の3)。指定の中身は令和7年11月18日付の告示第301号で、対応する安衛則の改正(令和7年厚生労働省令第113号)は2026年1月1日に施行された。
材質選びの手掛かりは建設業労働災害防止協会の「建設業使用皮膚等障害化学物質等と手袋適合表」(2026年4月時点)にある。建設現場でよく使う製品に含まれる皮膚等障害化学物質について、ニトリルゴムや天然ゴム、ブチルゴム、ポリビニルアルコール(PVA)といった材質と厚さごとに、JIS T 8116の耐透過性クラスをもとにした平均標準破過検出時間が整理されている。◎が240分超、○が60分超240分以下、△が10分超60分以下、×が10分以下で不適合。
| 物質 | ニトリル0.1mm | ニトリル0.45mm | 天然ゴム0.23mm | ブチル0.35mm | PVA |
|---|---|---|---|---|---|
| トルエン | × | △ | × | × | ◎ |
| キシレン | × | △ | × | △ | ◎ |
| シクロヘキサノン | × | △ | × | ◎ | ◎ |
| メチルエチルケトン | × | × | × | ○ | ○ |
| メチルイソブチルケトン | × | △ | × | ○ | ◎ |
| メタノール | × | △ | × | ◎ | × |
| トリレンジイソシアネート | △ | ◎ | × | ◎ | ◎ |
| メチレンビス(4,1-フェニレン)=ジイソシアネート | ○ | ◎ | △ | ◎ | ◎ |
| 水酸化カルシウム | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ |
| ストレートアスファルト | ◎ | ◎ | ○ | ◎ | ◎ |
ニトリル手袋は水酸化カルシウムやストレートアスファルトでは240分超もつのに対し、溶剤系では持ち時間が桁で落ちる。塩ビ管用接着剤の成分でいえば、シクロヘキサノンは0.45mmでも10分超60分以下、メチルエチルケトンはどの厚さでも不適合。同じ資料には、作業の分類と時間に応じて使える耐透過性クラスの対応表も付く。
罰則と、監督署が入ったとき
ラベル表示をしない、虚偽の表示をする、法57条2項の文書を交付しない、虚偽の文書を交付する。いずれも6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金で(法119条3号)、行為者だけでなく法人にも罰金が科される(法122条)。一方、法57条の2第1項のSDS交付そのものには、現時点で罰則の定めがない。
化学物質による労働災害が発生した、またはそのおそれがある事業場で、管理が適切に行われていない疑いがあると認めたとき、労働基準監督署長は改善を指示できる(則34条の2の10第1項)。指示を受けた事業者は、厚生労働大臣が定める化学物質管理専門家から管理状況の確認と改善措置の助言を受け、書面の通知を受けてから1か月以内に改善計画を作り、計画作成後は速やかに実施する。計画は通知と計画の写しを添えて改善計画報告書で所轄労働基準監督署長に報告し、実施した措置の記録は通知と計画とともに3年間保存する(同条2項から6項)。
化管法のSDSは別の系統
同じSDSでも、化管法(特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律)に基づくものは根拠が別にある。指定化学物質等取扱事業者が指定化学物質等を他の事業者に譲渡し、又は提供するときは、その時までに性状と取扱いに関する情報を提供する(化管法14条1項)。違反への対応は経済産業大臣の勧告と、勧告に従わないときの公表で、罰則はない(同法15条)。
安衛法の対象と化管法の対象は一致しない。エスロン接着剤No.75Sは安衛法の通知対象物を4つ含む一方、化管法については「該当せず」と記載している。仕入れた製品のSDSで適用法令の欄を読むときは、どちらの法律で対象になっているのかを分けて見ることになる。
確認先: 安衛法に基づくラベル表示・SDS交付義務対象物質一覧(職場のあんぜんサイト)、建設業使用皮膚等障害化学物質等と手袋適合表(建災防)



